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馬を語ろう馬を追う 06 日本書紀における400年代の馬の記載④
【典馬の続き】前回の最後、話がずれてしまった。『典馬』に戻ろう。典馬の出典は『魏書』に二箇所、『北斉書』に一箇所、そしてその次が『日本書紀』に一箇所出てくるのみなのだ。あらゆる文字情報の中でこの三書しか記載がない。これは極めて異例なこと... -
馬を語ろう馬を追う 05 日本書紀における400年代の馬の記載③
【日本書紀における400年代の馬の記載③】⑪雄略紀冬十月辛未朔癸酉、幸于吉野宮。丙子、幸御馬瀬、命虞人縱獵、凌重巘赴長莽、未及移影、獮什七八、毎獵大獲、鳥獸將盡、遂旋憩乎林泉、相羊乎藪澤、息行夫展車馬、問群臣曰「獵場之樂、使膳夫割鮮。何與自割... -
馬を語ろう馬を追う 04 日本書紀における400年代の馬の記載②
【日本書紀における400年代の馬の記載②】続いて日本書紀の中で『馬』が出てくるのは允恭紀になる。⑦允恭紀初皇后隨母在家、獨遊苑中、時闘鶏国造、從傍徑行之、乘馬而莅籬、謂皇后嘲之曰「能作園乎、汝者也。」汝、此云那鼻苔也。且曰「壓乞、戸母、其蘭一... -
馬を語ろう馬を追う 03 日本書紀における400年代の馬の記載①
【日本書紀における400年代の馬の記載】さて神功皇后の征戦により降伏し、『飼部』、みまかい、となった新羅はその後、日本に『馬』を送ってきたのだろうか?実は日本書紀によれば新羅が馬を送ってきた記述は一度も見当たらない。なんでだろう?それどころ... -
馬を語ろう馬を追う 02 日本書紀における馬の登場
【日本書紀における馬の登場】日本書紀において『馬』はどのように登場するのだろうか?古代最大の英雄、ヤマトタケル。彼は西には九州にて熊襲を討ち、東には東国の果てまで行って賊を討っている。まさに一人で日本列島を横断しているのだが、実は、彼、... -
馬を語ろう馬を追う 01 日本列島にかつて馬はいなかった
【日本列島にかつて馬はいなかった】惑星地球が誕生し、何千何万年と経ったのち、やがて日本列島と呼ばれる島々は大陸から分断され大海に浮かぶ孤立した陸地として存在することになった。どれほどの時間が経ったのだろうか。縄文時代を経て、弥生、古墳、... -
新羅再考『新羅』と『倭』05 金冠
【金冠】さて、西暦400年以前に日本列島にいなかった『馬』が突然、その姿を現した。一方、『倭』のお隣で敵国の『新羅』でも400年を境に、ある『異変』が生じている。それまで、300年代を通じて一度も出現していないものが突然出現する。それは『王冠』だ... -
新羅再考『新羅』と『倭』04 北方ユーラシア文明の核心『馬』02 契丹、そして日本
【契丹】参照 契丹王朝 内蒙古遼代文物精粹参照 契丹王朝 内蒙古遼代文物精粹参照 契丹王朝 内蒙古遼代文物精粹参照 契丹王朝 内蒙古遼代文物精粹「鮮卑の後裔」、『キタイ』、『契丹』のものである。彼らは北魏の時代からすでに史書にその名をあらわすこ... -
新羅再考『新羅』と『倭』03 北方ユーラシア文明の核心『馬』
【馬主の国の世界】西暦629年、貞観3年、玄奘三蔵は仏教の聖地であり母国であるインドを目指し旅に出た。中国に帰国後、彼の見聞した記録は『大唐西域記』としてまとめられた。その中で彼は面白いことを言っている。世界を四つに分け、それぞれの地には四... -
新羅再考『新羅』と『倭』02 百済
【百済に装飾馬具なし】前項にてお伝えした『百済は墓に金で染めた馬具を副葬しなかった』その数、『ゼロ』だと。実はかすかにある。参照 백제의 숨결 금빛 예술혼 금속공예 参照 백제의 숨결 금빛 예술혼 금속공예これを持って、百済も装飾馬具を副...
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